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偽装建築士対策 [雑感]

昨日、建築確認検査機関に確認申請を提出に行ったときの話。

書類の審査が一応完了し、あとは確認済証の発行を持つ間の時間、
対応していただいた方が横にあるパソコンを開いて何やら入力しておられる。

開いたページは「建築士データーベース」のサイト。
一級建築士の番号を問われその番号を入力すると私の情報が出てきた。

私が正式な資格者であるかはもちろんのこと、指定講習を受けているかや、
業務停止命令を受けていないかなどの情報が入手できるシステムのようだ。

最近時折新聞紙上に報道されている建築士偽装事件。
その事件に対応したシステムのようで、私の知らないうちに開発されていたのだった。

かれこれ十年ほど前。
ここ名古屋で建築士偽装事件があった。姉歯事件も相まって、建築士による不祥事が社会的にも
クローズアップされたこの頃、この報道が地方版では大きく取り上げられたのだった。

業界でも転地をひっくり返す、程ではないにしろ大きな話題にもなり、
偽装建築士のイニシャルを取って「N氏事件」と言われた。

私のイニシャルも「N」。

当時あるお方に言われた。
「N氏とはお前のことだと思っとたぞ!」と。

なんでやねん!!

この悲しい記憶を「建築士データーベース」で呼び覚まされた私なのでありました。

理系女子 [雑感]

今日夕方の天気予報で、
46年前の今日、ビートルズが初来日した・・・
と言っていた。

天気と何も関係ないじゃないかと思っていたら

その前日台風が東京を通過したため飛行機が遅れて
ビートルズの乗った飛行機は午前4時に着いたそうだ。
要するに6月台風の話だ。

はっぴを着た4人がタラップを下りてくる画像は確かに回りは暗いが
それが夜明け前の4時であることを始めて知った。

ちなみに友人のブログによると今日は「肉(29)の日」とのこと。
思わずおなかのたるんだ肉をつまんだ私。

話は変わって
昨日昼に家に帰ると、テーブルの上に娘の置手紙。

「今日は夜勤になりました。・・・・」
要するに、実験のため学校で徹夜するようだ。

続けて
「こんな思いするんだったら理系にするんじゃなかった。
・・・・自分の子供には理系は勧めないかも・・・」

娘はいわゆる理系女子。
女子といえども徹夜もありうる。少しストレスが溜まっているのか?
確かに徹夜はしんどいけど、学生時代に苦労したことは後になっていい思い出になるのだが・・・

それにしてもまだ結婚もしてないうちから自分の子供の将来を気にしているとは、
なんと先まで見越している娘なのだ。僕には考え及ばない。

子供の理科離れがいわれているが、それをそんな理由で助長させてはいかんだろと
思う私だった。

世間は狭い [雑感]

本日尾張旭市唯一の高校、旭野高校前校長と前々校長の退職祝いの会がスカイワードあさひのレストランであった。主催は旭野高校PTA OB。私は平成21年度にPTA会長をさせていただいた関係で出席させていただいたのだが、お二人の校長にお世話になったPTAは8代にわたる。

私がPTA役員をしていた3年間は前々校長の伊藤好美校長にお世話になったが、この伊藤校長のすごいところは数々あれど、特筆すべきは学校のありとあらゆる備品を手づくりで作られたこと。茶道部の野点用の机や日傘の収納箱、体育館の演台、そしてその収納箱などなど数えたことは無いが、本日伊藤校長が持ってこられた作品集を見る限り百は下るまい。特に校門に張ってあるセコムのプレートの額。セコムやALSOKのプレートはどこでも見るが額入りのものはこの高校でしか見ることはできまい。私のお気に入りのひとつだ。

これらの「作品」にはそれぞれの思いがあって作られている。先の演台の収納箱。伊藤校長いわく。「高校は生徒を褒めて育てるところ。演台をそのまま置いていては生徒が壊すこともあるだろう。その時は叱らなくてはならないので、その叱る機会を作ってはならないから収納箱を作った。叱る機会を排除することも学校の仕事。」とのこと。非常に感銘を受けた話だ。

ところで、伊藤校長が旭野高校に着任された年のPTA会長。私の6代上の方だが、お話をしてみると、私と同じ飛騨のご出身だとのこと。話を進めていくと、下呂市萩原町尾崎のご出身。なんと私の母親の在所があるところではないか。どうも歩いて5分くらいの距離のようで、そのPTA会長さんのお母さんと私の母も同じような世代だ。子供の頃から知っているかも知れませんねと、極めてローカルな話題で盛り上がったのである。

「世間は狭いものですなあ」と6代先輩P長さんとも話していたのだが、このような方にお会いできたのも、元をたどれば息子がこの高校に入ったことや、PTAにお誘いいただいたことや、今回この会を企画していただいた先輩役員の方々がおられたおかげ。人との出会いとはいろいろなことが折り重なって起こることを実感した会でありました。




台風4号 [雑感]

台風4号が今日から明日にかけ日本列島を襲うという予報だ。
別名「グチョル」と言うらしい。

今日は「グチョルが来ちょる」
と、くだらないだじゃれを言うオヤジが日本に何万といると思うが、
どうか温かい目で見てあげてほしい。

「グチョル」とはミクロネシア語で「ウコン」の意味らしい。
ウコンと言えばお酒飲みの皆さんは何かとお世話になっていることと思われるが、
なぜ台風の名前がそうなのか。世の中にはまだまだ謎が多い。

建築関係者にとって台風襲来は何かと緊張する時でもある。
現場では足場のシートが飛ばされないようにはずしたり、
資材などが飛ばされないようにしなくてはならない。
以前、風で足場が倒れ、死者が出るような惨事があったことも記憶に新しい。
また、竣工した家でも雨が漏っていないか、しばらく落ち着かない時間をすごすのである。
とにかく、災害がないことを祈るのみ。

「櫛風沐雨」(雨や風にさらされて苦労すること)と言う言葉があるが、
台風や地震など、自然のストレスを受けてまた、建築の災害に対する耐力も
向上していっているのも事実なのである。


卒業式 [雑感]

今日娘の大学卒業式があり、私たち夫婦も参列してきた。
大学では卒業式とは言わず。学位記授与式というそうな。

この4年間、あっという間に通り過ぎてしまったが
毎日片道2時間かけて通学し、それ相応のスキルを身につけてくれた。
よく頑張ったと褒めてあげたい。
4月からさらに2年間学生をすることになるので社会に出るのはしばらく後。
卒業する時は家内が結婚した歳である。
だからどうと言うわけではない。彼女は彼女の人生がある。
自分のことは自分で何とかするでしょ、と達観している私だが母親である家内は
そうも言ってはおられないようだ。
「この2年間のうちに誰か見つけてきなさい!」と、むちゃを言う。
その気持ちも分らぬではないが、それは縁の問題。
娘としては「はい。わかりました」と答えるわけにはいかない。

これから彼女がどんな人生を送るか楽しみにしながら、
自分のスネがどれだけ耐えられるか心配するのである。


仕事始め [雑感]

今日から官庁などは仕事始めである。
朝一番に申請をしている一宮市役所から電話が入り、書類の訂正を求められ午前中に済ませた。

一方工事関係はどうやらまだお休みのようで、現場監督に用事があって電話をしたら明後日まで休みだと言われた。申し訳ないことに正月モードに水をさしてしまった。

世の中一斉スタートというわけでもないようだが、徐々に新年の通常モードに入りつつある。

今年は龍のごとく天に駆け上る年になるとよいのだが。

正月三が日 [雑感]

しめ縄、鏡餅、おせち料理、初詣、お年玉、門松、着物、おみくじ、除夜の鐘、落語に漫才・・・

お正月にまつわる飾り、行事、しつらえなどなど、思えばこんなに日本的なもので埋め尽くされる期間はないなあと改めて思った1月3日。
日常自分が日本人であることを忘れるくらいグローバルなものが身の回りには満載しているのに、このお正月だけはまさにベリージャパニーズ。もとい。まさしく日本。

異国の正月は知らないが、一番日本らしさが出る期間に違いない。

明日は仕事始め。
今年も日本人のための、日本人による、日本の家づくりに励げみます。
(このフレーズは輸入ものでした)


あけましておめでとうございます [雑感]

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

紅白を見て新年が明け、僕は一人で家族を代表し近くの渋川神社におまいりすることで今年も例年通りの始まりとした。一眠りし、家族で(一人を除く)おせちとお雑煮をいただき、年賀状を拝見する。おおよそ20人の方は出していなかったので急いで年賀状をコンビニで調達し返事を書いた。郵便局に出しに行ったらバンドメンバーのしのちゃんと会った。

お昼を済ませ、実家の高山に向う。長女は一度神様に仕えてみたいと国府宮神社の巫女さんになっているので一人家内の実家に預け、奥さんと息子の3人で帰省した。道中の東海北陸道は例年雪道で雪止めが必要だが、珍しくチェーンも巻かずに実家まで無事到着。高山はさすがに屋根や日陰には雪はあるが道路は除雪が行き届いているのでまったく問題は無い。天気はあいにく曇りで飛騨山脈の勇壮な姿は望めなかったのが残念。

実家の両親はどちらも元気な様子で、安心。ずっと元気でいてくれよ。

年の初めは毎年こんな感じだが、このパターンが続くことが幸せと思う新年なのだ。

大晦日 [雑感]

今年も残すところ6時間余り。

年賀状も書き終え、おおそうじも済み、買い物も済ませ、玄関にしめ縄も飾りあとは家族そろって年越しをするばかりとなった。

一年を振り返ってみると、あっという間に過ぎ去った感じ。よく言われることだが、年をとるごとに一年が早くなる。しかし仕事のことやいろんな出来事を思い返してみるとそれなりの一年であった。

社会的には東日本大震災が一番に上げられる。この震災と原発事故によって少なからず人の価値観は変化したと思う。エネルギーは有限であること、自然は征服するものではなく、謙虚に共存し守るべきものと知らしめられた。被災された方やなくなられた方とそのご家族心からお見舞いとお悔やみを申し上げます。また、未だに見つかっていない方が多数おられる事を思うと心が痛みます。
また、キャンディーズのスーちゃんや坂上ジローさんが亡くなったこともとても悲しい出来事。

しかしいいこともあった。ドラゴンズがリーグ連覇したこと。ドラファンでほんとによかった。落合監督ありがとう!

個人的にはいくつかの仕事の依頼をいただき、依頼者の方には喜んでいただける結果を残したと思う。それも建築主の方や現場をやってくださった監督さんはじめ職人さんやメーカーの方々、この一年間ありがとうございました。

地元で活動している地域密着社会貢献型PTAバンドのP-なっつメロン(PNM)も地元の児童館や自治会などから6回の出演依頼をいただいた。腕前はまだまだだが、聞いていただいた人にはそれなりに喜んでいただけたと思う。ご依頼をいただいた方々、聞いてくれた子供たちや市民の皆様ありがとうございました。来年は質を上げるよう努力します。そしてメンバーの皆さん。ご苦労様でした。来年も仲良く地元の皆様が笑顔になれるような演奏をし、時には飲んで楽しい時間を過ごしましょう!

わが家族は、長女が大学4年となり大学院に進学することが決まり、長男が大学に進学した。特に家族誰一人病気もせず、事故もなく過ごせたことが一番。とにかく感謝。

家族や親戚の方々、仕事関係の方々、地域の方々、友人の皆さん一年間お世話になりありがとうございました!
良いお年をお迎え下さい!

年賀状 [雑感]

今年も残すところ2日。

毎年年賀状書きをする年末で、
来年こそは早めに済まそうと思うのだが、
いつもこうなってしまう。

来年こそは早めに書こうと懲りずに決意する私なのだ。

ところで、今年の宛名は手書き。
ん百枚も書くので結構根気が必要なのだが、
書いていていいなと思ったことがある。

1枚1,2分であるが、その時間その人のことを思い出すこと。
日頃思い出しもしない人のことを思うことが出来る。
親戚、お施主さん、友人、仕事関係の人など、
下手をすれば30年くらい会っていない人のことも
宛名を書いて、ひと言コメントを書き添えるていると
顔や、その時の事など頭に浮かんで来る。

年賀状の習慣が出来た由来は知らないが、
これはとてもよい習慣と思ったのである。

と、1/3も進んでいないのに早くも気分転換に
ブログを書き込んでいる私なのであった。

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